名古屋高等裁判所 平成5年(行コ)31号 判決 1995年3月30日
名古屋市名東区香流一丁目一四一七番地ユニーブル第二猪子石四〇一号
控訴人
松浦邦夫
右訴訟代理人弁護士
戸田喬康
同
竹下重人
名古屋市千種区振甫町三丁目三二番地
被控訴人
千種税務署長 獺越隆治
右指定代理人
加藤裕
同
鈴木幸雄
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、控訴人の昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分の所得税につき、平成二年一二月二〇日付けでした更正処分のうち、昭和六二年分につき総所得金額三六二万五二七八円、税額二四万四七〇〇円を超える部分、昭和六三年分につき総所得金額八〇〇万八九三二円、税額一〇三万二六〇〇円を超える部分及び平成元年分につき総所得金額九一九万八四五二円、税額一三二万〇六〇〇円を超える部分を、いずれも取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 事案の概要
1 本件は、青色申告の承認を受けて看板等の製作や店舗等の改装工事の請負を業としていた控訴人が、その妻(青色事業専従者)及び子二名を同伴して昭和六二年から平成元年まで各年に一回ずつ軽井沢方面に旅行し、その旅行に要した費用のうち子二名の分として昭和六二年分については成人の半額と見積もった分を、昭和六三年分と平成元年分については子二名の宿泊費に相当すると見積もった分のみをそれぞれ控除した残額を所得計算上の必要経費(福利厚生費)に計上して確定申告をしたところ、被控訴人が、右旅行費用はいずれも家事上の経費であるとして各年の所得税につき更正をしたため、その解釈ないし認定を不服とする控訴人が、右各更正処分の一部取消を請求した事案であるが、原判決は控訴人の右請求をいずれも棄却した。
2 本件事案の概要は、本件の争点に関する双方の主張として次に付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第二に記載されたとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
所得税法三七条一項は、その法文上、必要経費を「当該総収入金額を得るため直接に要した費用」(直接費)と「所得を生ずべき業務について生じた費用」(間接費)とに区分したうえ、間接費については「当該事業について生じた」ものであれば、当該事業の遂行上の必要性を論ずることなく、当然に必要経費に当たるものとしている(その趣旨は、もし間接費について右必要性の有無を具体的に議論することにすると、ここれを論理的に判断することは極めて困難あるいは不可能であるため、結局収拾がつかなくなってしまうので、かかる議論は初めからしないことにしたものである。)のであって、間接費の必要経費性の有無は、その支出が当該事業について生じたものである限り「社会通念上一般に行われている範囲内のものか否か」という規準のみに従って判断されなければならず、「当該事業の遂行に必要なものであると客観的に認められるか否か」を問題とすべきではないから、かかる判断基準を要件とした原判決は、法令の解釈適用を誤っている。
しかも、原判決は、右独自の要件をもって判断した結果、控訴人が実施した慰安旅行につき、これが外観上サラリーマンの家族旅行と区別できず、その費用のうち必要経費に当たる部分の有無又は範囲の判断が困難であることを理由に、その費用「全額」が家事費に当たると決めつけているが、これは、必要経費に当たることの立証の負担を納税者に負わせるもので、課税権者が課税要件の立証責任を負うという税法の大原則を無視しているだけではなく、その立論に従えば、事業主と家族従業員(青色申告専従者)のみの零細企業においては、慰安旅行費は「常に全額」必要経費になりえないことになって、零細企業主に対してのみ極めて不当な結論とならざるをえない。その結論が零細事業主にとって不平等かつ不合理極まりないことであることは、給与所得者が実際の必要経費以上の給与所得控除を無条件で受けられる(例えば年収一五〇〇万円の裁判官は実際の必要経費を遙かに越える年額二三四万五〇〇〇円の給与所得控除を受けられる。)ことと対比しても明らかである。
(被控訴人)
日常生活において事業による所得の獲得活動のみならず所得の処分としての消費行為をも行っている個人事業主の支出については、事業上の必要経費と所得の処分である家事費とを明確に識別する必要があるのであるから、その判断基準として「事業の遂行に必要なものであると客観的に認められること」を要件とすることは判例上確立した考え方である。
なお、事業所得者と給与所得者の必要経費の控除については、法律自体がその取扱を区別している(その区別が憲法一四条一項に違反しないことは最高裁大法定判決において承認されている。)以上これを彼此対比しても無意味である。
三 当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件各旅行費用は所得税法三七条一項の「所得を生ずべき業務について生じた費用」に該当しないものと判断するが、その理由は、以下のとおり訂正及び付加するほか、原判決「事実および理由」欄第三に記載されたとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決一一ページ一一行目「明らかである。」を「明らかであり、」と、一三行目「決すべきものである。したがって、」を「決すべきものであるが、」と改める。
(二) 同一二ページ二行目の「業務の遂行上必要か否かにより」を削る。
(三) 同四行目「本件について見るに、」の次に「成立に争いのない甲第一二号証、控訴人の原審本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和六二年から平成元年までの各年に、本件各旅行のほか、年に数回ずつ本件各旅行と同様に家族四人で正月や連休等に旅行をしているが、これらの旅行のうち本件各旅行を慰安旅行としたことに格別の理由があるわけではなく、単に旅行のうちのどれを慰安旅行とするかだけの問題であったことが認められるところ、」を加える。
(四) 同一三ページ一行目から三行目までを「「所得を生ずべき業務について生じた費用」ということはできず、本件各旅行費用は、「必要経費に算入すべき金額」には該当しないというべきである。」と改める。
(五) 同七行目の「業務の遂行上必要な費用となる」を「家事費用としての性質を変ずる」と改める。
(六) 同一四ページ一行目の「「業務の遂行上必要なものであるか否か」という点を問題とすることなく、」を削る。
(七) 同一一行目「業務上の必要性に基づくものか否かという点において」を「業務について生ずる費用といえるか否かについて基本的に」と改める。
(八) なお、控訴人が当審において提出した北野弘久作成の鑑定所見書(甲第一三号証)には「従業員が青色事業専従者一名の場合の当該慰安旅行等の支出も所得税法上『福利厚生費』として事業上の必要経費を構成することについては税法学上は疑問の余地がなく、本件各旅行が毎年わずか一回の慰安旅行であり、その日程・金額等も経験則からいって妥当なものであるうえ、控訴人の帳簿書類等においても、家事費(同伴した二名の子供の費用)を排除した『福利厚生費』を明確かつ適正に処理しているのであるから、本件各旅行の費用は疑いもなく控訴人の事業所得の必要経費を構成する。原判決の論法によれば、日本において大多数を占める家族従業員だけの小規模企業では、およそ『福利厚生活動』に該当する慰安旅行なるものはありえないことになるから、原判決の考え方は税法学上は誤りである。」旨の記載があるが、原判決は、個人事業者の支出については当然に必要な家事費と事業上の必要経費との識別基準を客観的な要件に求めたにすぎず、この要件を充たす旅行の費用まで一律に必要経費に当たらないと判断したものでないことが明らかであり、この点は当裁判所の前記判断においても変わりがないから、右記載にかかる意見は前記当裁判所の判断を左右するに足りるものではない。
2 そうすると、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないので棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 小松峻 裁判官 松永眞明)